納蘭明珠の息子納蘭性徳(ナランシンデ)とか「マンチュリア(Manchuria)」とか。
「征服王朝」の概念といえばこの人か。

- 作者: 湯浅赳男
- 出版社/メーカー: 新評論
- 発売日: 2007/10
- メディア: 単行本
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納蘭性徳(1655〜1685 本名は成徳、字は容若 正黄旗人)康煕帝の寵臣だった人です。
彼の「長相思」のテキスト何処かにないっけ。
実は、満州族が徐々に漢化していった象徴みたいなのがナランシンデだったというかね。
満州族でありながら、短い生涯の中で下手な漢民族の詩人顔負けの漢詩を作ったりしているのだから・・・
日本国内詞学文献目録 松尾肇子編・宋詞研究会補編 2009.04.02版
- 納蘭性徳の詞―紅楼夢の悲歌― 桑山竜平 中国語雑誌5-1 1950.1
- 清朝の閃めく星 花崎采琰 東方文芸13 1955.2.11 p7-8
- 飲水詞を読みて 中田勇次郎 東方文芸15 1955.12.11 p2
- 納蘭の辺塞詞 小林健志 東方文芸15 1955.12.11 p2-4
- 納蘭詞二題 蒲池歓一 東方文芸15 1955.12.11 p4
- 飲水詞の性格 花崎采琰 東方文芸15 1955.12.11 p4-5
- 詞人納蘭性徳について 中田勇次郎 『矢野禾積博士還暦記念論文集(近代文藝の研究)』(北星堂書店) 1956.3 (『読詞叢考』、創文社、1998に再録)
ちなみにナランシンデも属していた「正黄旗」ですが、清末には兵力約3万と、満州八旗の中では最も多かったらしい。
八旗はよく日本の江戸時代の旗本と比較されるけど、日清戦争の時の負けっぷりを思うと、
政権末期には殆ど戦力外だった所まで旗本とそっくりだったりする訳です。
本来は勇猛果敢だったツングース系狩猟民の満州族ですが、漢化で固有の言語をほぼ失い、
軟弱化でダメポになってしまった上、挙げ句の果てには領土も民族の存亡自体もヤバくなって、
あの日帝にまで利用されてというかねぇ。
閑話休題。「最期の皇弟の娘」愛親覚羅慧生さんの妹・福永樗生さんは、
お嬢さんが付属からずっと通った武○女の卒業生なので、よく武○川女子大に来ていたらしい(友人談)。
最近、ネットゲリラさんの所に満州国(マンジュ・グルン)ネタが増えていて不思議ですね。
ヌルハチとか「尼堪外蘭(ニカンワイラン)」とか思い出してしまいました。
エントリに引用されていた巨大掲示板のカキコの、
「川島芳子と李香蘭の対比で、芳子あばずれ、李香蘭清らかっていう構図はもう飽きた。
虹色のトロツキーとか、李香蘭ドラマやミュージカルとかでよく使われる構図だけど。」には同意。
あの「虹色のトロツキー」は初代ガンダムのキャラデザ安彦良和氏だけど、
ガノタの自分でも芳子の設定に関しては確かに異論はあるなぁ。
そういえば、吉林省の「吉林」は満州語で川沿いの村を意味する「吉林烏拉(ジリンウラ)」。
中国に侵略された東北三省を満洲族の手に!
ttp://mentai.2ch.net/china/kako/1001/10010/1001005536.html
チベットや東トルキスタンだけではないという話ですなぁ。
92歳になる私の親父が語る初級満州語入門(動画)
結局、今の漢民族主体の中国が、満州族の征服王朝・清の版図だった範囲まで自国の領土となるべきだ、
と思って行動しているから性質が悪いです。
本来の漢民族の国家の大きさは、せいぜい明代の永楽帝時代の勢力圏までなんだけどねぇ・・・
で、冊封絡みの場所もイコール自分の領土、と思っているから余計に性質が悪いかもですなぁ。
具体的に言うと、旧琉球王国の領土だった沖縄県と鹿児島県の奄美かな。
なので、モンゴル・チベット・トルキスタン・マンチュリアの状況を他人事だと思っていたらアカンかもな悪寒。
かの呉三桂みたいな人間が日本に出たらマジ滅亡だな、と考えたら何だか怖くなってきますた。
というより、こっそり中国が呉三桂みたいなのを日本国内に養成中だったりしてねw
具体的には・・・おっ、こんな夜中に誰か来たようだ・・・