聖徳太子も偉い。で、いち早く英語を取り入れたのは「脱亜論」の福沢翁だったなぁ。

- 作者: 渡辺利夫
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ネットゲリラさん 華夷秩序とか、華夷変態とか
フリーメーソンの影響下(?)で出てきたらしい龍馬の「船中八策」なんてのもあったっけ。
国学の登場などに見られる、ニッポンの脱・華夷秩序について考えると、
結局は「ちうごくエンガチョ運動」であったわけですね。
それが1つの形をみたのは「脱亜」の結果としての日清戦争の勝利だったということで。
ネットゲリラさんのこのあたりの説明は分かりやすいなぁ。
朝鮮というのは伝統的に中国の影響を強く受ける半植民地みたいな国なので、華夷秩序の中では、ほぼ完全な「外部」である日本よりセンターに近い分、
「オレたちの方が兄貴分」だと思っているわけだ。なんせ価値判断の基準が華夷秩序なので、中国を中心に据えた華夷秩序システムではそうなる。
まぁ、フィリピン人が、「東南アジアでもっとも英語が得意で、アメリカ人に近いのはフィリピン人」と自慢するようなもんですね。
今はアメリカ人なりきりゲームというのが流行りなのかも知れないが、昔の東アジアでは「中国人なりきりゲーム」というのがあったわけです。
そんな中で日本は、聖徳太子の時代から、漢字文化や仏教、儒教を取り入れながらも、大中華文明圏から独立した「小中華」を作り上げて、独自路線を歩んでいた。
なので、明治維新でもいち早く、世界秩序の仲間入りが出来た、というわけです。
あの、イルボンはウリたちに兄事するニダ!の発想かとw
あの半島の方は、龍の爪の数はウリたちと琉球が4本、イルボンは1本少ない3本ニダ、と思ってらっしゃるから・・・
もしも日本が遣唐使を廃止せず「中国人なりきりゲーム」にはまったままであったならば、
今頃は、かの半島の方たちのように、ちうごくもどきの姓名を名乗っていた可能性が大でしょう。
(え゛っ、将来はそうなるって、んなアホな・・・日本風に改名した陳哲郎さんの立場はw)
そういう意味で例の「創氏改名」を考えると見えてくるものがありそうで。
中華風の名前は格上だからいいけど、格下のイルボンの名前になるのはいやニダ、という話。
そんなこんなで、朝貢団ぞろぞろのオザーさんとか、ちうごくに敬語を使う閃獄さんって、
日本を華夷秩序体制に取り込もうと必死なように見えますがどうでしょう。
夫婦別姓論者の人たちもそういうナカーマなのかも知れませんがw
尖閣で引けば、間違いなく日本はちうごくから華夷秩序体制を受け容れたものと見なされるはず。
船長解放しちゃった法治から人治なんてのも同様です。
今の日本にとって華夷秩序の受け容れは、ちうごくの属国化を招く外患誘致に同じなんぢゃまいか。
まぁ、沖縄県(と鹿児島県奄美諸島)が真っ先に組み入れられないことを願いたいっす。
大正区がマジで難民だらけになりそうですから。
で、汎ウラル・アルタイック主義の自分としては、欧米の価値観どっぷりになっても困るような。はぁ〜